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意味のないことだと思いながら、
かたや、
そのことにこだわる意味があると考えこだわり続ける自己矛盾。

チャレンジとリスク回避と。

どっち?

正解はないと思うけど、

チャレンジの方がいいと思う。

前から気になっていたけど、品質やる人が現場の人に話を聞いたり、データを出させたり、さらに見解も出させるとか!、自分たちは判定したり指摘したりだけ、対策は考えてね、そんなの本当に意味ないと思います。やるんなら、データは自分たちでちゃんと計測して集めて、見解も出すし、対策も出すし、スケジュール調整なんかにも入っていく、つまり同じ開発の同じレベルの一員としてやらないとダメだと思う。アカデミックにできるほど、組織もスキルもないし、基礎もないし。やるべきはみなでスクラムを組んで、みんなで走ってボール回して、協力してゴールするんじゃないかな。まあ、監督はフィールドの外にいるとしてもね。かりに分析屋がフィールドの外にいるとしても、その人たちがいちいち選手にデータ出させないでしょう。

品質の担当に余った人をまわすのもよしこさん。

最近、寝る前などにストレッチや軽いヨガ、瞑想をはじめた。

2,3週間は調子よくやれたけど、急におっくうになってきた。

これは、慣れによって脳の中でバイアスがかかりはじめた証拠かな。

ここからがしんどい段階です。

同じ質を無理に保とうとせず、途切れないように細々と継続してる状況。


これまでも続けられなかったことはたくさんあるけど、

その理由もなんとなく分かってきた。

量や質を妥協しなかったり、絶対に途切れないように毎日やるとか、

そういう強迫観念のようなのが一番よくなくて、

途切れた時に、一気に気持ちがなくなってしまう。


なので、その反省から今は、以下を基本としている。

・まず本当に続けるべき価値があるかを考えること

・継続すべきと思ったら、状態によっては量や質を妥協すること

・何より量を一定以上は増やさないこと、負荷は量ではなく質で高める


60歳になっても、80歳になっても継続する気持ちで頑張るのだ。

たまにライトな本を読みたくなって、日本いいね系の本を買ってしまう。



子供だけで近所の公園に出かけたり、空き地でシロツメクサの花を摘んだりするのが普通でしたが、今では保護者なしの幼稚園児を外で見ることはめったにありません。日本もすでに、三十年前のような平和な社会とは違うということなのでしょう。

確かに、自分が幼稚園のころ(まさに三十年以上前)は、子どもだけでも外で遊んでいた記憶がある。ただそういう形が本当に危険になったから、というのとは違う気もする。昔だって今にはない危険がいっぱいあったと思うし、その分、子ども心に身の危険は感じていて自分の身は自分で守らなきゃ的な意識とそれに伴う行動はあったと思う(なんというか、暴力が身近にあったから)。

過去は美化されやすいし、都合の悪い情報は思い出されないだけだと思う。だって、本当にあの頃の方が良かったと言えるのだろうか。自分は思わない。どちらかというと、時計を戻すような思考よりも、じゃあ未来に過去の良かったと思うことを実現しようよ、って思う。

ちなみに、

アメリカ、イギリス、フランスでは、児童を誘拐などの危険から守るため、保護者は子どもが一定の年齢を迎えるまで、送迎を行うことが義務づけられています。小学校一年生になったら一人で通学できる日本とは大違い。・・・

ということらしい。いずれ、日本にもそういう日が来るのか、自分たちでそうならない日本にするのか、もちろん後者だと思う。


関係ないけど、第二言語は英語よりもプログラミング言語の方がいいと思うんだけど。そもそもまず日本語をちゃんとしてからね。



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